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大晦日と正月は岐阜で過ごした。
クリスマスだった12月25日は、神奈川の家に戻っていた。 母親の介護保険のことや、区役所に福祉用具を返却しなくてはならなかったり、、、要するに母親の用事がたくさんあったからだ。
帰り着いた25日の夕食時、久しぶりの家で食べる夕食に何となくほっとしたのか、気が緩んだのか、気がついたら泣いていた。 やっぱりここって家なんだなあ。。。 もしこれまで何もなかったら、高輪はどこに出ることもなくこの家にずっといたんだろうか。 ふとそんなことを考えた。 いや、おそらく同じだったろう。 デザイン学校を出て、あの格闘技の出版社に編集者兼レイアウターとして勤める運命にあったなら、いずれ必ず「印刷データを通信で出力センターに送る」という事態になり、おのずと高輪がその通信環境を構築することになり、そのために導入した通信ソフトと、様々に関わったパソコン通信が縁で、やはり岐阜に転職することになっただろうから。 ただ、、、 本当に心を割って話し合える環境であったなら、『もうこの家には戻れないかも知れない』などという辛く重い気持ちではなく、もっと気楽に、理解を得られた状態でずっと岐阜にいられただろう、とは思う。。。 涙が出たのは、そんな思いもあってのこと、なんだろうか。
#ちなみに、「せっかくのクリスマス。せめてカップの小さいやつでもいいから、クリスマスケーキ、食べようかなあ、、、」とかなり悩んだが、結局買わなかった。ことごとく甘いものが苦手な高輪。かわりに、築地直営の店で購入した、金目鯛の炙りをいただいた(笑)。
翌12月26日には、母親が入所している施設に面会に行った。 しかし、行ってみたら、実はその前日に母親が施設内で流行したと思われる胃腸風邪にこっぴどくやられていたそうで、母親自身『これは家に戻れる状態では到底ない』と思っており、それ以前に、『明日(26日)に娘が面会に来ても、普通に起き出せる状態になっているだろうか』ということが心配だったようで。。。 インフルも流行っている時でもあり、暮れの寒い中を家まで移動させたり、無理をさせるわけにはいかないということで、今年は別々の正月ということで円満におさまったのだった。 少しほっとした。
そんなことで、 ある意味初めての、岐阜での年越し&正月。 岐阜には、帰省ラッシュが始まる前、27日中に戻った。 大掃除などを進めつつ、下呂の蕎麦屋さんで打ってもらった蕎麦(←車を飛ばして買いに行った)を、蕎麦湯とともに美味しくいただいての大晦日、そして、某所から購入したおせちに、大根、金時人参、里芋、正月菜、かまぼこを入れ、丁寧にとったあごの出汁で仕立てた手製の雑煮で正月を迎えた。
金華山の上に輝く元旦の太陽は、限りなくキラキラとキレイだった。
のどかな正月。
しかし、 やっぱり神奈川への行き来、そして多少頑張ってしまった大掃除などがたたったらしく、2日〜3日はぐったりとし、外に出られなかった。 心臓が、すこぶる良くないっぽい。 またここんとこ明け方が寒くなっているから、よけいにまずいんだなー。 でも、どうしても動かなければならない用事が諸々あり、身体をだましながら(?)何とか動き、そしてぐったりという繰り返し。まあ、仕方ない。 しばらくはこの調子でスローペースだろうが。。。 試験までには、何とかなってほしいカンジ。 |
15:00, Saturday, Jan 06, 2018 ¦ 固定リンク
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